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mojiban2.jpg








何か調べようと思ったとたんに
グーグル様に頼りがちな昨今。
これはちょっと何か衰えそうだなー。
色んな器官が。
と思ったので
よっぽどの急ぎでない限り
てまあ急ぎの調べものなんてほとんどないんだけど
とにかくネット検索するのは
自分でちょっと考えてからにしてみようかなと
思っておる昨今です。

でね
以前、時計の事をダラダラ書いてましたけど
江戸時代とかって、外国では既に定時法だったんだけど
日本はその頃、不定時法を用いてたんですね。

定時法っていうのは、1日を24で割って、1時間とする方法。
不定時法っていうのは、日の出と日の入りで昼と夜に分けて
それぞれ6等分を1刻(とき)とする方法。
つまり1刻の長さは毎日変わるわけです。

で、当然今の日本は定時法です。
つうことは、不定時法から定時法に変わったのっていつ頃だ?と。
疑問に思ったです。

で、検索する前にちょっと考えてみようと。
寝しなに。

当時、何で不定時法なんていう
今からしたら不便な物を使っておったのか。
その頃ってのは当然どこかに勤めてる人なんてほとんどおらず
農業なり漁業なり物を作ったり
そういった仕事をしていたと思われ
きっと、日が昇る前に魚を獲ろう、とか
明るくなったらカゴを編もう、とか
要するに不定時法が当たり前だったのだね。

だから定時法にしようと言い出したのは
きっとお役所なんだろうな。
江戸時代の末期には時計も入手し易くなってきて
庶民にも浸透していたとは思うんです。
ただそれはやはり中央に限った事で
ちょっと離れると普通に不定時法だったんだろうなと想像出来ます。
つっても、わしらの生活は不定時法に則っておるんじゃ。
なんて自覚してるわけはないですが。
しかしまあ、カレンダー的に統一しとかねばならん事情もあるだろうし
じゃあ今日から定時法で行きまーす。
みたいな宣言はあったと思うわけで
やっぱ明治に入ってからなんだろうなー。
で、日本中に浸透したのはだいぶ後。

という感じで検索したら大体当たってました。
それにしてもすごいぞ。
明治5年12月2日に「明日から明治6年の1月1日でーす。」て発表したんだって。
で、いきなり定時法(太陽暦)にしたんだってー。
ははは、強引〜。

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